院長のコラム
Column 16 - 20 of 96
Previous | 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20 | Next
在宅医療6
高齢者、特に寝たきりになると、一人の患者さんに様々な病気が存在していることが多いです。特に、長期臥床ともなると消化管疾患では食欲低下を引き起こしやすく、便秘はかなりの頻度に見られます。その上、嚥下運動も低下して食物がつまりやすくなります。そのため食事を控えたり流動食へ変更になり、低カロリーが続く結果しばしば低栄養状態に陥ります。低栄養状態は免疫状態が低下しやすく、感染、創傷遅延が生じます。このように変化が著しいのも寝たきり高齢者の特徴です。
脱水にも注意が必要です。暑い時はアイスノンを使用して体温が上昇しないよう注意し、こまめに冷水をのむことが大切です。また、利尿剤を使用中の患者さん、心不全、腎臓病で塩分制限中の患者さんは低ナトリウム血症に注意したいものです。続きは次号で話します。
在宅医療5
私たちは、口を介して食物を体内に取り込んでいます。仮に寝たきりになったとしても、点滴で栄養を取るより、腸管を介する栄養摂取方法がより生理的といえましょう。
最近の研究では、腸管は免疫機構に大変重要な役割を持っていることが、明らかになってきました。経腸栄養法は、安価で管理しやすいという利点がありますが、時に中止せざるを得ないこともあります。それは、消化器系の合併症を起こしたときです。その中で一番多いのは下痢です。経腸栄養を開始した直後に多く見られます。慢性期では逆に便秘に傾くことが多いようです。栄養剤の浸透圧の関係も下痢を起こしやすいのですが、注入速度とも関係しています。体が弱っている状態では、腸粘膜の萎縮があり、消化酵素の分泌不全も存在するため、最初はゆっくりと落とすことが肝要となります。
在宅医療4
脳梗塞による嚥下障害や認知症による摂食不良の栄養補給には、経静脈による点滴が一般的です。しかし長期間となると、感染の問題から難しいことがしばしばあります。そこで、体に管を入れて栄養剤を注入する方法が、より効果的と考えられるようになりました。お腹から直接胃に管を入れる方法が、胃瘻と呼ばれる栄養法です。この胃瘻は、胃内視鏡を用いてお腹に穴をあけて作ります。術後間もないときの自己抜去や自然抜去に注意したいものです。スキントラブル、汚れ、つまりはありますが、長い目で見ると非常に利点のあるものです。寝たきりの患者さんの栄養管理は、病院から自宅療法へスイッチする時のひとつの山でしたが、経腸栄養剤(成分栄養剤)・胃瘻の出現で、飛躍的に進歩したといっても過言ではないでしょう。次号へ続きます。
在宅医療3
病院に入院する患者さんの退院の目安の一つに、食欲があげられます。一般的に、普通食が全量摂取可能なら退院も近いでしょう。しかし、中には経口摂取できない方もいらっしゃり、月単位の入院になると家が恋しくなります。20年も前は鎖骨から入れる点滴、いわゆる高カロリー輸液をしている人を一時的に家に帰宅させるのも結構大変でした。感染しないだろうか? 交換はうまくいくだろうか? 気苦労で疲れたものです。ましてや鼻を通し胃管から流動食を入れている患者さんは更に大変でした。自己抜去すると即病院へ逆戻りです。長い間寝たきりで経口摂取できない患者さんを自宅に戻せるようにするには、今は胃瘻といって直接お腹に穴をあけ胃に管を取り付ける方法があります。この方法なら誤嚥もありません。自己抜去できない工夫もなされています。続く。
在宅医療2
今から15年以上前、老人病院で、社会的入院が問題になっていました。これは、家族が仕事の多忙や住宅事情の理由で、日頃、患者さんの面倒をみることができないため、一時的に入院させるという状態です。すべての患者さんではありませんが、一部にみられたことは確かでした。そのため、この社会的入院をやめ、受け入れ先の施設を充実させようというのが現在の動きです。しかしながら、高齢者の状態は急変しやすいものです。必要な入院さえも制限されるようになると、現場で働く私どもは困惑してしまいます。私が以前勤務していた病院では、30年以上入院していた方もいらっしゃり、転院されてから1年後に亡くなったという噂を聞きました。人間は環境の変化にはつくづく弱いものです。そこで、一部は自宅に戻って療養、介護をしようというのが、在宅医療なのです。
在宅医療
今から30年ほど前まで田舎では、自宅で出産や最期を迎えることは極々当たり前でした。昔の日本映画などを見ると、医者が患者宅に往診して畳の部屋で布団に寝ている患者の最期を看取り「ご臨終です」という場面がよく出てきます。まさにあの映画のワンシーンそのものが、つい最近まで行われていました。
それが、交通機関の発達とともに、遠方の病院まで受診することが可能になり、それに伴い入院して、病院で最期を迎えるのが一般的になってきました。
しかし近年、再度、在宅医療が見直されています。理由は、医学知識のない一般の方にも安心して使用できる小型軽量化された医療機器が登場したことと、社会保障費の増大からです。自宅で病気を治療する在宅医療は、21世紀の医療を支える重要な位置になってきたのです。
インフルエンザの歴史3
インフルエンザウイルスは新しい型が出現すると古い型は駆逐されていくという性質があります。1977年に再びH1N1ウイルスが出現しました。ソ連風邪といわれ今日に至ります。このウイルスは1918年に流行したいわゆるスペイン風邪の末裔で1950年代迄続いたH1N1ウイルスと遺伝子型がそっくりでした。30年近く経過し再び出現したのです。ウイルスは形を変化させるため、同じ型が現れることは極めて稀なことです。これには諸説ありますが、人為的にサンプルが流出したためと今では考えられているそうです。それが今日に至るまで流行し続けているのです (河岡義裕:インフルエンザ危機)。実験中のウイルスの流出が世界中を恐怖に落とし入れるとは考えてみると恐ろしいことです。エボラ出血熱ウイルスなどがばら撒かれたらとんでもないことです。
インフルエンザの歴史2
インフルエンザウイルスはA、B、Cの3型がありますが、人に対して病原性を持つのはA及びB型です。H、Nは、ウイルスの主要抗原をあらわします。H抗原は15種類、N抗原は9種類、自然界に存在しています。
1918年に流行したH1N1スペイン風邪ウイルスは約40年間続き、'57年のH2N2アジア風邪ウイルスに置き換わりました。'68年にはH3N2 ホンコン風邪ウイルスが出現、現在は、このタイプと'76年に再復活したH1N1ソ連風邪ウイルスが流行しています。新型インフルエンザH5ウイルスの出現が心配されていますが、アジア風邪のH2N2抗原ウイルスは、30歳以下の人は免疫が無く、再び復活すると困ってしまいます。しかし、自然界では新型が出現すると、古い型はなぜか駆逐され入れ替わってしまうとされています。続きは次号へ。
インフルエンザの歴史
新年明けましておめでとうございます。昨年は例年になく、嘔吐下痢を伴う感染症が流行しました。これからの季節は、インフルエンザの動向に注意したいものです。
そもそもインフルエンザは日本でどのように流行したのでしょうか? 江戸時代には27回の流行があったそうです。そのほとんどが、西に位置する長崎から発生し、次第に中国、関東地方と、東へ流行していったのです。長崎は当時、唯一外国との貿易がありました。このことも、インフルエンザが外国からの伝染病と診断する根拠となるわけです (立川昭二・病と人間の文化史)。
200年以上経過した現在も、我々はこの病に悩まされています。ウイルス感染は一度発生すると、数百年ないし今は消滅した痘瘡のように1500年間も続くのです。まさに人類の歴史は病との闘いの歴史でもあるのです。
病院改革5
最近は電子カルテなるものが蔓延し、医療界も様変わりしてきました。将来、病院間をインターネットで結び情報を共有し、無駄をなくしていこうという主旨ですが、80歳にもなる私の父のようにコンピュータに触ったことがない医者は診療ができなくなる可能性があります。今、国全体が税収不足で、医療業界もその影響をもろに受けています。国民皆保険始まって以来の危機的状況です。今後、病院、医院の更なる合理化が迫られることでしょう。私達医者は生き残りをかけていかねばならないのです。
保険制度が浸透していない私が子どもの頃、近所の人がよく野菜を持ってきました。父が「ああ〜、いつもどうも」と、ありがたく受け取っていたのを記憶しています。今後そんな光景が見られないのは寂しい限りです。
医は仁術を忘れないようにしたいものです。
病院改革4
子は親を見て育つと昔から言います。小さい時などは親の苦労などはこれっぽっちも考えたことなどありません。しかし、結婚して子どもをもうけ育てていく過程で生きていくのがいかに大変かわかってきます。私は父親のもとから離れ、新天地で開業し今日に至ります。その間良いことも悪いことも含め様々な経験をしました。しかし、子どもの頃見た父親を未だに越すことが出来ません。車も使えない大雪の日の深夜、しんしんと降る静寂な雪の夜道を歩いて往診する姿、抗生剤のショックで事故があった時、パトカーから降りる父親の姿、医者は神様じゃないと患者に怒っていた記憶など、決して泣き言も言わず仕事をしていた姿は今も焼きついてます。怖い存在でしたが、父もそれなりに緊張していたのでしょう。私が経験した苦労などたいしたことが無いのかもと思えます。
病院改革3
今日の自分に影響を与えた子どもの頃の出来事があります。小学校1〜2年生の頃のある夕方、血だらけの子どもを抱えた母親が突然家に飛び込み「先生〜!先生〜!助けてください〜。車にはねられたんです」驚いて見ると子供は頭がぱっくりと割れて「痛いよ〜。痛いよ〜」と泣き叫んでいました。昔は脳外科専門の病院など無く紹介先の病院に着く前にその子は亡くなったそうです。時々今でも思い出します。この事件の前後「川でおぼれた子どもが引き上げられたので、すぐ来てくれ」と連絡が入り兄と私は父の車に同乗しました。私は怖くて川を渡ることができませんでしたが、一つ違いの兄は父と一緒に行きました。が、既におぼれた子どもは息を引き取っていました。数年後兄が同じ運命をたどるとは夢にも思いませんでした。40年も前のことですが忘れない出来事です。
病院改革2
今回も前号の続きです。昭和40年代は既に国民皆保険の時代でした。日本医師会は武見太郎氏を筆頭に絶大な勢力を保っていました。一方、我が父は政治経済には全くといっていいほど興味がなく相変わらず村民のために休みなく働いてました。それは、今は亡き祖母の影響が強かったと思われます。同じく医者だった祖父は東北医専を卒業後上京し、一時町医者をしていたそうです。その後郷里に戻り家を継いだのですが、風邪をひいて大層調子が悪かった大雨の夜、家人が止めるのも振り切り往診に出かけそれが元で肺炎になり、45歳の若さでこの世を去りました。一家の大黒柱に先立たれた祖母は自ら畑に出てお金を稼ぎ、父を医者にしました。父はそんな祖母の苦労を知ってか、家という存在と自分達を助けてくれた村民を守るのが自らの使命と思ったに相違ありません。
病院改革
今回は私事で恐縮です。現在国の借金は膨大になっており、その影響が医療にも及んできました。その結果、病院が減少してきているのです。したがって、通院できない患者さんは路頭に迷ってしまいます。ところで、私の父は今も山村で開業医をしています。私が子どもの頃、大雨や降雪の日でも呼ばれれば深夜往診しました。日曜日も診療をやっていたので、父と旅行したり遊んだという記憶がほとんどありません。父も祖父が医者だったので、医者とはそういうものだと思っていると思います。私も開業して、医療の基本は患者さんに安心感を与えることだと実感していますが、父のように生涯を患者さんのために尽くすのは、相当な決意と努力が必要です。都会の中では人間関係が希薄になりがちですが、私自身、初心に戻り、地域のためにお役に立ちたいと思うこの頃です。
暑さと冷えの病
7月、暑い夏がやってきます。この時期は暑さのため冷水ばかり飲み、食欲が落ちこみます。加えて、冷房による冷えが加わり、体調がすぐれない人が増えます。まずは睡眠を沢山取り、体力を養うことです。脱水気味だからといって水分ばかりでは、体がだるくなります。電解質が入った飲料水も良いでしょう。塩分摂取の手軽なところでは梅干がお勧めです。もちろん高血圧症の方は注意が必要ですが、大量の汗をかいたのに、塩分摂取を控えるのは逆に危険です。また、この時期は、夜間に布団をはいでお腹を冷やし下痢をおこす人も多いのです。夜は腹巻をして体を冷えから守りましょう。どうしても冷えてお腹の調子が悪い方には、漢方薬をお勧めします。お腹や下半身を温め湿気を取り、冷えを改善させてくれます。10年来の下痢が漢方薬で軽快した人もいます。
梅雨と病
6月、梅雨の時期です。湿気で洗濯物が乾かず主婦泣かせの時期でもあります。この湿気が東洋医学では問題になります。
湿気が溜まり、関節が痛んだり、お腹が冷えて下痢をするなどの影響が出てきます。湿の性質は下に沈み、停滞しやすいのです。したがって、下肢の浮腫、湿疹、重だるいなどの症状が伴います。また、冷えを伴いやすくなります。
体に余分な水分が溜まっているかどうかを簡単に判断する方法は、舌を鏡で見ることです。湿が存在すると舌には厚い苔がびっしりと生えています。このような時は、湿を取る薬を使うと徐々に厚い苔が取れていきます。すなわち、梅雨の時期になると胃腸の調子が悪くなったり関節が痛んだりという方は、温めて、湿気を取ればよいのです。
「腹も身のうち」と昔から言います。冷やさないようにしてください。
漢方薬について
5月、初夏を感じさせるこの頃です。人は常に健康でありたいと思うものです。特に年齢を重ねるとその思いは強くなるようです。日頃から規則正しい生活をして食べ過ぎに注意し、よく歩くことが大切です。それでも病はついてまわります。そんな時は、漢方薬を服用することをお勧めしたいと思います。漢方薬は器質的疾患がない場合にはよい適応になります。病の状態があっていれば、即効性があることもしばしば経験しています。
「漢方薬は副作用がないから安心」という方がいらっしゃいますが、漢方も薬ですから副作用は存在します。その多くは胃腸障害です。私がお世話になった東邦大学大森病院東洋医学科教授三浦於菟先生によると副作用の80%は服用3日以内、長くても1週間以内に出現するようです。胃腸の弱い方は地黄、阿膠などは注意が必要でしょう。
花粉症(2)
春眠暁を覚えず。春は生命が息吹く季節です。温暖で過ごしやすい時期ですが花粉症の人にはつらい季節です。漢方薬は効果に時間がかかると多くの患者さんが言いますが、証が合えばよく効くものなのです。生薬の種類によっては、即効性のものもあります。麻黄は呼吸が苦しい時、鼻水がよく出る時に用いますが、花粉症薬としても使われます。葛根湯、小青竜湯などに含まれています。また、眠気を訴えないため自動車の運転や受験生にもお勧めです。お世話になった東邦大学大橋病院東洋医学科教授の三浦於菟先生は花粉症のタイプを3つに分類して薬を使い分けています。すなわち体が冷えた状態の寒証、逆に体が熱い状態の熱証、寒さと熱さが両方ある場合の寒熱両証です。それぞれの場合に体を温める薬、冷やす薬、両方の薬を同時に投与する場合があります。
花粉症
3月、待ちに待った春です。しかし花粉症の人には憂鬱な季節です。一般的にはスギ花粉が飛散する1ヶ月以上前から抗アレルギー剤を服用することとされています。できるだけ根気強く飲み続けることです。それでも現代薬に抵抗がある方には漢方薬をお勧めします。漢方薬は効き目が緩やかで長く飲まないと効果が出ないと思っている方が結構いらっしゃいますが、実際は漢方薬で軽快した人も多いのです。花粉症薬でよく知られている漢方薬に小青竜湯という薬があります。これは冷え性があって透明な鼻水が出る方に効果がありますが、中には舌、咽喉の発赤を伴う人もいらっしゃいます。この場合、体を冷やす漢方薬が効果的です。その中で冷えと熱が同時に存在するタイプがあることが私がお世話になった現東邦大大森病院東洋医学科三浦於菟先生の研究でわかっています。
インフルエンザ
インフルエンザが大流行したその年は、死亡率が著しく増えるという報告があります。世界的な規模で流行すると、世界の人口分布にまで影響を与えてしまうのです。
インフルエンザの型の流行を予測するのは、例年4月とやや早めです。これは、ワクチンの製造に時間がかかるためです。しかしその年、流行するかどうかの予測は大変難しいです。それはウイルスの型の問題もあったり、私たちの免疫の状態にもよるからです。現在予防に対してはワクチンがありますが、実際かかってしまった時は、抗ウイルス薬がわが国では好んで使われます。問題は、幼児に対して、解熱したからといって2〜3日投与で中止すると耐性ウイルスが生じやすいのです。これは、幼児には免疫がないためにウイルスが増加しやすいためと考えられています。(インフルエンザ危機・河岡義裕)